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言葉のない思考のプロセス

意識思考の定義は難しい。哲学者の信原幸弘は「意識の哲学」の中で「言語をもつ者だけが意識への現れ、すなわちクオリアをもちうる」と述べているが、納得し難いものがある。

私としては、アントニオ・R・ダマシオの下記の記述がしっくりくる。

「神経疾患によって重い言語障害にかかった患者をいろいろと研究して気づいたことは、障害の程度がどれほどであろうと、患者の思考のプロセスはその基本において完全であるということ、そしてもっと重要なことだが、症状についての患者の意識は私のそれと少しも違わないらしいということだった。また、心への言語の貢献は控えめに言ってもとてつもなく大きかったが、中核意識への言語の貢献は少しも見いだせなかった。
・・・
 その最前の証拠は全失語症である。これは「すべての」言語能力が完全に崩壊する病だ。聴覚によるものであれ、視覚によるものであれ、患者は言語を理解することができない。つまり、患者は語りかけられても話をまったく理解しないし、単語もアルファベットも読むことができない。決まり文句、それも大半は罵るような言葉以外に、話をする能力はない。たとえ頼んでも、患者は単語や音をリピートすることはできない。覚醒し注意を有している患者の心の中で、いま言葉や文がつくられているという証拠はいっさいない。反対に、患者たちの心が言葉のない思考プロセスであることを裏付ける証拠は多い。  ところが、である。全失語症の患者と通常の会話を維持することは論外でも、もしこちらに、患者が編み出す数の限られた即興の非言語的サインに応じる忍耐力があれば、豊かで人間的コミュニケーションをとることが可能である。患者が編み出す伝達手段にこちらが慣れていけば、相手に意識があるとかないとかという問いが心をよぎることは決してないだろう。また中核意識に関して言えば、たとえ思考を言語に翻訳したり、逆に言語を思考に翻訳したり、といったことができなくても、全失語症患者はわれわれとなんら変わりがない。」

無意識の脳 自己意識の脳 より


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テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 意識 思考 言語

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宮城県出身。寅年生まれ。おうし座。B型。左利き。赤緑色盲。たそがれのプログラマー。

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